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11の知る第5「相対を知る」について説明します。
◎相対の基礎知識
相対の基本事項について説明します。
●相対の意味
この世は「相対世界」と表現されます。
つまり、比較する対象よってあらゆるものが変化するのです。
例えば、10cmの鉛筆があるとします。
この鉛筆は20cmの鉛筆よりは短いけども、5cmの鉛筆よりは長くなります。
10cmの鉛筆そのものは長いとも短いとも言い切れないのです。このように、この世界は「全てが相対的」と言えます。長さや時間、速さや言葉、美しさ、体型等々、これらは全て相対的です。
●相対と善悪
相対という概念は善悪についても当てはまり、相対善悪と言います。仏教を一言で表現すると「悪い事を止め、善い事をする教え」とも言えるのですが、この場合の善悪は相対的な善悪を指します。つまり、絶対的に善であることは存在せず、逆に絶対的に悪であることも存在しない、ということです。代表的なものに「道徳倫理」があります。道徳倫理は時代や場所によって変わります。
例えば、同じ日本でも100年前と現代では異なりますし、同じ現代でも日本とアメリカでは異なります。
また、「良かれと思ってやった事が裏目に出た」という経験はあると思います。
最初は善と思ってしたことが結果として悪となった、という意味ですが、これは相対善悪を表しています。
●相対と苦楽
苦や楽も相対的です。今の苦よりもっと大きな苦がやってくれば、今の苦は苦ではなくなります。例えば、指にトゲが刺されば苦ですが、ナイフが刺さればトゲの苦は忘れるでしょう。苦しい時は、今の苦しみを取り除きたいと思いがちですが、相対的に「気にならなくなる」という視点を身につけて欲しいと思います。
●相対と科学
科学が発達して、生活は便利になりました。例えば自動車が誕生し、移動時間は短縮され、より多くの選択肢が生まれました。これは自動車の「明るい面」です。
ただ、その一方で、自動車事故に遭い、死ぬ人や怪我をする人がいます。
これは自動車の「暗い面」です。自動車に限らず、科学が発達する程、笑顔になる人と泣く人の両方が増える、つまり科学の発展には「明と暗」がどうしても出てくるわけです。
◎相対を知る本質
相対を知ることは仏教的にも非常に重要ですが、上記で説明した内容は相対に関する表面的な話です。最も重要な本質的な説明をします。
●相対世界の欠点
それは、相対世界に住む限り、根本的な「楽」はあり得ないということです。
例えば、我々は皆、大なり小なり「綺麗」と「汚い」を区別して生きています。ですので見方を変えると、全ての人が程度の差はありますが「潔癖症」とも言えるのです。
他にも「善」や「悪」を区別していること自体、既に苦しみが始まっているということに気付くべきなのです。
●相対から絶対へ
では、どうしたら根本的な楽になれるかと言うと、それが仏教で説く死の解決という方法なのです。
なぜなら、死の解決をした世界が「絶対」の世界だからです。つまり、「綺麗」や「汚い」といった区別が全く無い世界ということです。絶対の世界は、相対世界に住む我々には幾ら考えても分かるものではありません。相対の知恵でもって、絶対の世界を知ろうとするからです。相対世界(偽物)から絶対世界(本物)へ導く、というのが仏教の最終目的であり、釈迦が最も人類にさせたかったことなのです
◎相対を知るメリット
相対を知るとは、この世の一切は相対であることを知り、また相対世界の欠点を知るということであり、最終的には死の解決という絶対の世界を知るということです。死の解決ができれば、これが相対を知る最高のメリットですが、死の解決ができなくても、手に入れようと求めれば多くのメリットがあります。基本的には仏教療法に記載しているメリットと同じですが、幾つかピックアップします。
●本来の価値が生まれる
相対の世界には何の価値もないのかというと、そうではありません。絶対の世界が理解できるようになってくると、相対世界も「本来の価値」が出てきます。その価値について例を挙げます。
○学ぶべき価値
絶対の世界以外は求むべき価値はありませんが、学ぶべき価値があります。「この世界は本物ではない」と学ぶ経験をしなければ、絶対の世界を手に入れたいという強い欲求は生まれないからです。
○手段としての価値
また、絶対と相対は、目的と手段の関係とも言えます。目的を達成するには手段の存在が必要不可欠です。同じ様に、目的である絶対の世界を手に入れる為には、手段である相対世界の存在が必要なのです。例えば、「善」や「悪」を考えてみます。人間は知らず知らずのうちに、悪を造っているわけですが、その自覚は善をしないと非常に分かりづらいものです。善をしている人ほど悪に敏感とも言えます。つまり、相対的な善を一生懸命することで、様々な悪に気づくことができるというわけです。

●悩まなくなる
この相対という視点は心の病といった悩みを克服する上でも重要です。例えば、潔癖症と呼ばれる心の病があります。
通常汚いと感じないものでも、その人にとっては汚いと感じ、恐怖する病です。
しかし、「綺麗」や「汚い」というのは自分が生み出した偏見であって、絶対的に汚い物というのは存在しないのです。例えば、大便や唾は汚いものの代名詞のように使われますが、それは体外に出た場合であって、体内にある間は汚いと思う人はいないでしょう。こういった、間違った偏見が無くなり、正しいものの見方が分かってくると潔癖症も改善されていくのです。潔癖症に限らず、「悩み」は全て相対的です。
●一喜一憂しなくなる
通常は、成功すると喜び失敗すると落ち込む人が多いと思いますが、この世の一切は相対世界の中の出来事であることが腑に落ちれば、過剰に一喜一憂することはなくなります。感情がなくなるということではなく、振り回されなくなるということです。
●相対世界でも上手くいく
上記のように、相対世界の本来の価値が理解できるようになると、結果として相対世界でも上手くいくようになります。
●羨ましくなくなる
相対世界で得られる幸福感の限界等が分かるようになると、必然的に他人を羨む気持ちが和らぎます。
●人の苦しみが見えてくる
相対世界の欠点や限界が分かるようになると、全ての人がその範囲内で生きている為、人の苦しみが見えてきたり、同情するようにもなります。
●負の感情がやる気へ変わる
悲しみや恐怖、寂しさといった負の感情をやる気へ変えることができます。そういった感情が大きいほど、「相対世界では楽になれない」という気持ちが強くなる為です。
●正しい罪悪感がもてる
感ずべき罪悪感と、感じる必要がない罪悪感があります。相対善悪が分かるようになると、何をしたら善で、何をしたら悪になるのか、正しい善悪が分かるようになります。
●忍耐力アップ
絶対の世界へ行きたいという、どうしても叶えたい目的ができるわけなので、必然的に忍耐力はアップし、ストレスに強くなったりします。
●見栄を張らなくなる
この世の一切は相対的な価値しかないことが分かれば、必要以上に自分をよく見せようと気張ったり、格好つけようと見栄を張ったりすることがなくなります。
●差別や偏見がなくなる
見栄を張らなくなると、様々な差別や偏見をもっていたことに気づくことができ、気づくようになると必然的にそうしないよう努力するようになります。
◎相対を知る方法
悩みや苦しみも相対的ですが、実際に直面すると客観的に自分を見ることができず、絶対的な苦しみぐらいに感じてしまうことでしょう。まして、先に説明した通り、絶対の世界を理解することは非常に難しい作業です。相対であることを心の底から体感する必要があり、また、知識では無く「知恵」を身に付ける必要があります。その方法を幾つか挙げます。
●一般的な方法
次に挙げる方法は一般的なものですが、仏教の目から見ても有効なものです。
○体験
これが1番わかりやすく、1番重要です。相対であることを体験的に感じることができれば理屈は不要です。
○イメージトレーニング
テレビ等のメディアでは日々多くのニュースが流れます。それらを見て、他人事ではなく自分の事のように想像する力をつける、といった具合です。今気にしている問題より、もっと大きな問題があることを学ぶチャンスは周りに溢れています。
○帰納法
帰納法の意味については帰納法をご覧ください。身近に生じている分かりやすい事例をよく観察することで、相対世界の限界を理解することができます。
●仏教的な方法
一般的には使われない、仏教独自の方法を挙げます。
○聴聞
体験して知ってからでは遅い場合が多く、かといってイメージトレーニングや帰納法的に考えただけでは感じ方が弱い場合が多いです。ですので仏教では、上記の欠点を補完した聴聞という方法を最善の方法として勧めます。
○仏教療法
「11の知る」を始め、仏教療法の全てが相対を知る方法となっています。
◎相対を知るのまとめ
ほとんどの人が、相対世界に安心や満足を求めようとしていますが、性質上それは不可能なことです。相対世界を知れば知るほど絶対世界への憧れが強くなります。逆に、その憧れがあまり強くない場合は、相対世界の本質が理解できていません。

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