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11の知るの第4「自分を知る」について説明します。
◎自分の基礎知識
「自分」に関する基本事項を説明します。
●自分を知る重要性
古くから自分を知る重要性は多方面で教えられています。
○スフィンクスのなぞなぞ
「朝には四本足、昼には二本足、夕方には三本足の生き物は何か?」これはギリシャ神話にでてくる有名なスフィンクスのなぞなぞです。答えは「人間」ですが、遠まわしに人間に対して「人間とは何か」ということを聞いているわけです。
○仏教的な理由
仏教は「自分を知る教え」と言われるくらい、自分を知ることの重要性を強く説きます。なぜかというと、自分を知ることで人間が持つ悩みは、全てと言っていいくらい解決するからです。また、幸せを追求すると、必ず「自分とは何か」という問題に行き着きます。釈迦は45年間、仏教を伝える為に生きたのですが、何を説いていたのかと言うと、自分を知る方法を説いていたと言ってもいいのです。
●自分とは何か
「自分」についてどれくらい知っていますか?
○自分についての2つの事実
まず、次の2つの事実について考えて欲しいと思います。
・「自分の○○」であって自分そのものでは無い
頭の先から足の先まで全て自分だ、と思っている人が多いと思います。しかし、身体のあらゆる部位は「自分の手」とか「自分の足」と言うように、「自分の」という所有代名詞が付きます。自分の手や足であって、「自分」ではありません。
・肉体が変化しても自分は変化しない
昔の自分と今の自分とでは、肉体的に変化があります。細胞レベルでは全く違うと言っていいでしょう。しかし、どんなに整形したり肉体が変化しようが、昔の自分と今の自分は別人だと思っている人はいないでしょう。なぜかと言うと、「自分」に変化が無いからです。
○自分の本当の正体
では、「自分」とは何かと言うと、「心」のことを指します。心と言っても、浅い心から深い心までレベルがあります。浅い心のことを仏教では「意識」と言いますが、これは広く使われている言葉なので、多くの人が知っていると思います。逆に最も深い心(深層心理)のことを「阿頼耶識(あらやしき)」と言います。ここで言っている心というのは阿頼耶識のことを指しています。
まとめると、「自分」とは、広い意味では肉体を含む体全体を指し、狭い意味では阿頼耶識のことを指します。そして、「自分を知る」ということは、より深い心を知っていくということであり、突き詰めると阿頼耶識の正体を知るということなのです。
・悪人
あなたは善い人ですか?それとも悪い人ですか?
こう聞かれて何と答えるでしょうか?様々な回答があると思いますが、仏教では全ての人は悪人であると説きます。ですので、本当の自分を突き詰めると、悪人である自分が分かってくるのです。⇒悪人
・煩悩
人間には108の煩悩があると言われます。
煩悩とは書いて字のごとく、人間を煩わせ悩ませるものです。
この煩悩の中でも特に強いものが「欲」や「怒り」といったものですが、仏教を学ぶとこれらの煩悩にまみれた自分が見えてきます。⇒煩悩
◎自分を知る本質
自分を知ることの本来の目的にも触れておきます。
●悪人になる
仏教は悪人になる教えです。悪人正機と言われ、悪人こそ救われるという意味です。悪い事をするという意味ではなく、自分の悪を自覚するということです。悪なのに悪だという自覚がなければ、どんどん悪を造り続けます。例えば、生き物を殺すことを悪だと思っていなければ、やめようと努力できません。
●死の解決
自分を知る目的は「死の解決」になります。仏教の最終目的である死の解決を達成する為には、自分を知り、悪人になるということが必要不可欠です。その為に求道者と言われる人は、自分を知ることに命がけになるのです。死の解決という目的の達成の為には自分を「知ったほうがいい」ではなく「知らなければならない」というものです。
ちなみに、求道という言葉は、道を求めると書きますが、何を求めるかというと、自分の本性を知り、死の解決の世界を求めることを指します。
◎自分を知るメリット
自分を知るメリットは、仏教全体のメリットでもあります。なぜなら、全ての仏教の教えは自分を知る為に存在するからです。基本的には仏教療法に記載しているメリットと同じですが、幾つかピックアップします。
・悩みの改善やメンタルヘルス
自分を知ることで悩みを生み出すメカニズムが分かるようになり、悩んでいる場合は悩みが消え、悩みが無い場合は、予防の役割を果たします。心の病は勿論のこと、仕事や恋愛等の人間関係の問題etc、自分知ることで人間の全ての悩みが解決するといってもいいのです。
・客観力
他人の事は冷静に眺めていられても、自分の事となると、中々冷静に分析できないものです。 特に人間は苦しい状態になればなるほど冷静さを失い、客観的に見ることができなくなります。客観的に自分を見ることができるようになると、今まで無意識に取っていた行動が把握できるように、コントロールできるようになるのです。
・人の心が分かる
自分の心を知っていくと、他人の心も分かるようになってきます。これは実際にやれば分かってきます。逆に言うと、他人の心が分からないということは、自分の心が分かってないということになります。 他人の心が分かるようになると、例えば、人が怖い・緊張するといったような、対人関係の悩みは無くなります。
・悪人になれる
先に説明した通り、仏教は悪人になる教えです。悪人になると、どのようなメリットがあるのか、詳細は悪人にて説明しています。
・死の解決ができる
自分を知る最大のメリットが死の解決です。
◎自分を知る方法
では、どのようにしたら自分を知ることができるのか、その方法について説明します。
求道者と呼ばれる人は自分を知る為に一生を捧げているのですが、それぐらい自分を知るということは難しく、自分というのはあまりに近すぎて分かりづらいのです。
●自分を分析する主体
「誰が」自分を分析するかによって幾つか方法があり、一例を挙げます。
○自分から見た自分
自分で自分を評価するという方法があります。
しかし、この方法だと「欲目」が働き、どうしても主観的になってしまいます。
例えば、ちょっと他人より優れている点を見つけると、そこに落ち着いてしまったりします。
客観的に自分を見ることができなくなり、早い話が「裸の王様」状態になってしまうのです。
ですので、この方法は「本当の自分」を見せてくれない、ということになります。
○他人から見た自分
他人が自分を評価する、という方法があります。しかし、これも本当の自分を見せてはくれません。何故かと言うと、人は「自分の都合」で他人を評価するからです。
つまり、自分に都合がいい人を「善い人」と思い、自分に都合が悪い人を「悪い人」と思ってしまうのです。また、同じ人でも、都合がいい時は「善い人」となり、都合が悪くなると「悪い人」と、コロコロ変わってしまいます。有名な一休も、この事を句に表しています。
「今日ほめて明日悪く言う人の口、泣くも笑うもうその世の中」ですので、他人からの評価では、自分を知るには不十分ということになります。
○仏から見た自分
自分で自分を評価しても、他人が自分を評価しても、本当の自分を見せてはくれない、ということは先に書きました。本当の自分は「仏から見た自分」となります。例えるなら、自分や他人から見た自分と仏から見た自分とでは、肉眼と顕微鏡ぐらいの差があります。肉眼で見えない自分の姿が、仏法という顕微鏡によって見えてくる、というイメージです。
●自分を分析する手段
「どのようにして」自分を分析するかによって幾つか方法があり、一例を挙げます。
○一般的な方法
次に挙げる方法は一般的なものですが、仏教の目から見ても有効なものです。
・体験
これが1番わかりやすく、1番重要です。悪を造っているという本当の自覚は、幾ら頭で考えても分かるものではなく、体感することでしか分かりません。 
・イメージトレーニング
テレビ等のメディアでは日々多くのニュースが流れます。それらを見て、他人事ではなく自分の事のように想像する力をつける、といった具合です。例えば、犯罪者を見て「何て酷い人間だ」と思うだけでなく、「自分もその犯罪者と同じ状況に置かれたら同じ事をしなかっただろうか」といった視点も持つということです。
・帰納法
帰納法の意味については帰納法をご覧ください。身近に生じている分かりやすい事例をよく観察することで、例えば、「人間は皆悪人である」という仏教の結論の真実性を帰納法的に理解する、という具合です。
○仏教的な方法
一般的には使われない、仏教独自の方法を挙げます。
・聴聞
体験して知ってからでは遅い場合が多く、かといってイメージトレーニングや帰納法的に考えただけでは感じ方が弱い場合が多いです。ですので仏教では、上記の欠点を補完した聴聞という方法を最善の方法として勧めます。詳細は「聴聞を知る」で説明していますが、聴聞によって「自分」への理解が深まります。
・仏教療法
「11の知る」を始め、仏教療法の全てが自分を知る方法となっています。
◎自分を知るのまとめ
これまで説明した通り、仏教の道は自分を知る道です。しかし、この道にはゴールがあります。「知り尽くした」という瞬間があり、その姿が本当の悪人ということです。ここに至る為に、聴聞という方法があり、様々な仏説が説かれています。知識があれば自分が分かる、という単純な問題ではないことが、この道の難しい点です。しかし、道は既に確立されており、誰でも本気になればゴールできる道でもあります。

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