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11の知るの第10「聴聞を知る」について説明します。
◎聴聞の基礎知識
聴聞に関する基本事項を説明します。
●聴聞の意味
聴聞と書いて「ちょうもん」と読みます。「聴」も「きく」で「聞」も「きく」と書きますが、「仏法は聴聞に極まる」と言われるぐらい、「きく」ということを重視します。
初めて仏教を聞いた人から「まず何をしたらいいでしょうか?」と聞かれることがありますが、聴聞するよう勧めます。なぜこれほど聴聞を重視するかと言うと、聴聞なしに仏教は勿論、「11の知る」は理解できないからです。
例えば、「自分を知る」にしても「恐怖を知る」にしても、考えたところで中々分かるものではありません。どのようにして分かってくるかと言うと、聴聞によってのみ知ることができるのです。
また、別な言い方をすると「全ての心の悩みが聴聞で解決できる」ということにもなります。
●聴聞の種類
聴聞というと、耳から聴くことをイメージされると思いますが、それだけではありません。狭い意味では耳から聴くことですが、広い意味では仏教を吸収する体験全ての総称となります。
ですので、非常に広い概念であり様々な方法がありますが、主要な方法を挙げます。
・耳から聴く
そのままの通り耳から聴くことを指します。
・目から聴く
本を読んだり目で見ることを指します。
・口で聴く
自分が話をすることを指します。
・体験して聴く
実際に行動し体験することを指します。
・想像して聴く
想像したり思い出したりすることを指します。
・観察して聴く
帰納法的な観察をすることを指します。
・仏教療法
仏教療法の全体が聴聞となっています。
●聴聞の難しさ
聴聞は聞くだけなので簡単なようですが、実は難しいことなのです。
・実行する難しさ
こういう言葉があります。
「3才の童子も知れるが、100才の翁も行うは難し」
例えば仏教では「人を幸せにしましょう」だとか「悪いことはやめて善いことをしましょう」ということを教えます。そうしたほうがいいことは子供でも知っています。しかし、実際に行動することは大人でも難しいのです。
・最初は特に苦しい
大きな病を治す時、手術をすると思います。手術は痛みが伴いますが、「治す為」に痛い思いをしているのです。
心の病や悩み事にも同じことが言えます。行動することは非常に辛く、苦しいものです。
しかも、「最初の一歩」が一番大変です。
しかし、その一歩を続けていくと、症状が和らぎ、やがて完治へと向かいます。
「辛くなって中々行動に移せません」「頭ではやらないとダメだと分かってるんですが出来ません」という方が多くいますが、そんな「自分」との戦いに勝てれば間違いなく症状は無くなります。
◎聴聞の心がけ
ただ聴聞すればいいというものではありません。
聴聞する時の心がけというのが重要で、この心がけができていないと仏教療法を理解できません。どのような心がけが重要かについて幾つか例を挙げます。
●腑に落ちる
頭だけの理解と腑に落ちた状態では全く違います。
・腑に落ちる重要性1
例えば、依存症等の人は「どうしてもやめられない」という状態であり、視線恐怖症や潔癖症等の人は「気にするなと言われてもどうしても気になってしまう」という状態かと思います。これは典型的な頭だけの理解の状態です。頭では「どうでもいい」と思っていても腑に落ちていない為に腹底ではどうでもいいと思えていないわけです。
百聞は一見に如かずという言葉があります。ご存知の通り、100回聞くより1回見た方が確かだという意味ですが、別な言い方をすると100回聞くより1回見たほうがより腑に落ちる、と言えます。
ただ、「耳」「目」「口」「行動」のいづれの方法が腑に落ちるかは、人それぞれですし、同じ人でも時と場合によって違います。
・腑に落ちる重要性2
知らず知らずのうちに、言ってることとやってることが違う場合があります。例えば「魚や虫の命は人と同じ価値を持っていると思いますか?」と聞くと、「はい」と答える人が多いです。しかし、よく聞くと魚を食べたり、虫を潰すことに日頃は何の罪悪感も感じていない、という人がほとんどです。こういう現象が魚や虫に対してだけでなく、人間に対しても行われています。頭では「悪い事」と思っていても、実際にやってることは違ったり、ということが非常に多いのです。何故このようなことが起きるかというと、本心から「悪い事」とは思ってないからです。この本心を見つめていくことが仏教療法の本質なのです。
●想像力
寿命は有限なので、実際に行動して体験できるチャンスは限られています。体験に比べれば弱いですが、想像は何といってもすぐに可能です。ですので、想像する力を豊かにすることで、聴聞の効果を増すことができます。
●帰納法
仏教では真理を分からせる為に、様々な例え話やその時代に合わせた時事ニュースを引用します。複数の特殊な事実から普遍的な事実を推論する帰納法的な考察力は、仏教において非常に重要です。この力が足りなければ、仏教は到底理解できないのです。⇒帰納法
●理性の満足
仏教は理性が満足する教えです。仏教は非常に奥が深い教えの為、1回聞いただけではピンとこないことがあると思います。しかし、それは説く側か聞く側のどちらかが未熟なのであって、突き詰めれば仏教の理論は完璧であることに気づきます。特に正邪の判別には理性が必要で、理性が満足するような聞き方というのが非常に重要になるのです。
●自分の話
仏教療法では因果の法則や自利利他等、様々な話をしますが、これらの話が自分の病にどう関係しているのか、分からず聞いている人も少なくありません。うつや対人恐怖等の心の病は、考え方や受け止め方の視点を変えることで改善されます。例えば、人と話すことがストレス発散になる人もいれば、緊張して恐怖に感じる人もいます。このような違いは、本人の「心」次第なのです。ですので、その心に影響を与える仏教療法を学ぶことで、「苦しまない考え方」が身に付くのです。経験上、自分にあてはめて読んだり聞いたりできる人は、改善するスピードも速いです。逆に、自分とは関係ない話のように読んだり聞いたりする人は改善が遅い、もしくは改善しないことがほとんどです。ですので、「自分にあてはめる」というのは非常に重要なことなのです。
この目的を達成する為に、その人に最も適した学び方を選ぶと良いと思います。
●欲を使う
煩悩の1つであり、人間とは切っても切り離せない関係にあります。ですので、仏教では「欲を上手に使え」と言われます。欲の仕組みを理解し、上手く利用することで真剣な聴聞ができるのです。例えば、お金を使えば「元を取りたい」という気になり、真剣な聴聞へとつながります。また、人が見ているところ等、ヒロイズムが刺激されれば「よく振舞おう」と真剣な聴聞へとつながります。
●体験
頭だけの理解と、実際に行動して分かる体験的理解とでは大きく異なります。
理性の満足を裏付ける、または深める為に体験的理解が必要とも言えます。
●危機感
「今の自分を変えたい」「今のままではいけない」といった危機感を持っている人は、行動も早い為、改善が早いです。
●継続力
何をするにもそうですが、根気や粘り強さは重要です。
学問にしても何にしても、1つの事を成就させるには必要不可欠と言っていいかと思います。
特に達成したいことが大きい事であればある程、益々重要かと思います。これは心の悩み解決にも言えます。心の病を治す、という事は非常に大きな目的です。それを成し遂げるわけですから、それなりの根気が必要なのです。「水よく石を穿つ」という言葉があります。軟らかい水滴でも、何度もぶつけると硬い石に穴を開けるということですが、コツコツとした小さな事の積み重ねで、やがて大きな事を成就することが出来る、ということです。
●疑問
仏教は真面目に聞くと、必ず疑問が出てきます。その為、仏教は疑問が出るような聞き方をするように勧めます。その方が、理解が深まり、結果として速く改善されるのです。逆に、疑問があまり出てこない場合は、本質を理解できていない可能性が高い為、注意が必要です。
●謙虚で素直
疑問を持つ事と同じくらい、「謙虚さ」や「素直さ」は重要です。そもそも仏教の道というのは、疑問を持ち、解決し、謙虚になる、という作業の連続です。このサイクルを如何に速く出来るかが、悩みの早期解決へのカギとなります。
意外な話を受け入れる努力
自分の常識に合わない話を受け入れる努力、というのは時に重要です。
何故ならその常識自体が間違っているかもしれないからです。とりわけ心の病を治すことに関しては、これは重要です。それに関して次の姿勢が重要となります。「自分の考え方のどこかに間違えがあるのではないか」という姿勢です。自分の考えが正しければ苦しんでいないはずなので、どこかが間違っているわけです。仏教療法を始めて聞く人の中には、ピンとこない人も多いと思います。意外なことを言うからです。しかし、その意外な話の中に「治す手がかり」があると思って欲しいと思います。
●理性と感情のバランス
人生においては理性と感情のバランスが重要です。どちらかに偏り過ぎても、客観的なものの見方が出来なくなるので注意が必要です。一般的に、男性は理性的で女性は感情的な生き物と言われます。ですので、基本的に男性は感情面を、女性は理性面を意識するようにするとバランスが良いと思われます。ただし、物事の正邪の判別には理性面の方が重要な為、特に女性は迷信等に迷いやすいので注意すべきでしょう。
●木を見て森を見て山を見ず
「木を見て森を見ず」という言葉があります。
ご存知の通り、小さな事に気を取られて全体を見渡せていない、という意味です。
心の病で悩んでいる時は、特にこんな状態である場合が多いかと思います。
治ってみると「もっと早く気付けば良かった」と思うかもしれません。しかし、心の病が治ったからと言って、また別の悩み事が次から次へとやってきます。やがて、老いる苦しみや病気になる苦しみ、死ぬ苦しみと、もっともっと大きな問題がやってきます。「この悩みさえ無くなってくれればなぁ」と思っている方は、「木よりも森よりももっと広い山」を見渡すことをお勧めします。大局観といいます。
●人に話す
仏教を人に話すことを開顕(かいけん)と言いますが、開顕のメリットは数多くあります。最も大きいメリットは自利利他です。仏教を人に教えてあげるという利他をした場合の最大の自利は、話した内容が腑に落ちるということです。どんな学問でもそうですが、インプットするだけでは定着しません。アウトプットをして初めて内容が定着するわけですが、「人」に教えるということは単なるアウトプットに止まらず、多くの効果が期待できるのです。
●あと少し
オンリーライフには日々メールや電話、セミナー等で様々な相談がされますが、実は少し話を聞いただけでほぼ原因が分かるのです。 原因だけでなく治し方まですぐに分かります。悩んでいる方には信じられないかもしれませんが、実際に同じように悩んだ経験があり、それが治る、というのはそういうものなのです。学校の先生が生徒の理解度をすぐに分かってしまう、もしくは親が子供の考えていることがすぐに分かってしまう、という感覚に似ているかと思います。しかし、あくまで治すのは本人であって私ではありません。どんな良い薬があっても飲まなければ意味が無いのと同じで、本人がアドバイスを理解しなければなりません。ですので、仏教療法においては、治し方は確立しているのだけど、伝え方が人それぞれ異なる、という表現が正確かと思います。そんな中、「おしい」と思う人達がいます。「ここさえ気付けば治るのに」と、あと少しで治るところまで手が届きそうなのに諦めてしまう、という人が非常に多いのです。当会に相談に来た時点で、ほとんどの人が既に「おしい人」ですので、あとちょっと手を伸ばす努力をして欲しいと思います。
●うさぎ+亀
ご存知「うさぎと亀」の童話では、うさぎより亀のようにコツコツと歩む重要性を教えています。これは一面の真理ではありますが、人生においてはやはり、うさぎのようなスピードも重要です。人生はあっという間に過ぎるので、ゆっくりしていては手遅れになってしまう問題もあるのです。うさぎのようなスピードと、亀のような地道な努力を続ける力の両方を持てれば、当然これが1番いいので、仏教ではこの状態を目指すのです。
●知識より知恵
知識は無いよりあったほうがいい場合が多いですが、それよりもはるかに知恵のほうが重要です。
知識で出来る範囲には限界がありますが、知恵には限界がないからです。人生は困難の連続です。それらの困難の多くは知識では乗り越えられないのです。学校を始め、知識に偏り過ぎている教育が多く見受けられます。心の病も、この知恵が足りない為に起こると言ってもいいのです。仏教は人生に最も大切な知恵を教える、最善の教育法なのです。
●知ってる人に聞く
勉強でも仕事でも何でもそうですが、知らないことを知るには、既に知ってる人から聞くのが1番早いでしょう。自力で答えを探すのもいいですが、時間がかかったり別な方向に進んだりする可能性があります。難しい問題であればある程、自力では遅い場合が多いのです。これは心の病を治すことにもあてはまります。心の病は自力では治し難いものです。自分で悩みを消す方法、楽になる方法、幸せになる方法等々を探しても中々見つかりません。それらの方法を知っているのが釈迦を始めとした仏教者であり、伝えることが仏教の役目なのです。ただ、ここで注意して欲しいのは、人から教えられただけでは、体験が無い為、腑に落ちてない「知識だけ」の状態です。知った上で行学し、腑に落ちるというところまで突き詰めて始めて、その知識が活かされるのです。
●出来ることがあることに気づく
「利他を実践してください」とアドバイスすると「出来ません、難しいです」といった返答がくることも多いです。今までやってこなかったことをやるわけですから、そう思う気持ちはよく分かります。
しかし、よく話を聞くと、「出来る事」が既にたくさんあることが分かるのです。今まで話をした人で、「出来る事」が1つも無い人は1人もいません。まず、イメージしている「出来る事」のハードルを高く持ちすぎている人がほとんどです。例えば、今までずっと引きこもりがちだった人が、いきなり多くの人と会話をするのは非常に難しいでしょう。多くの人が大なり小なり、このようなイメージを持っているのです。これでは中々前には進めません。
・朝起きる
・挨拶する
・散歩する
・食事する
・風呂に入る
等々、自分で当たり前と思う事でも、「出来る事」なのです。
小さな目の前にある「出来る事」を1つ1つ増やしていくことで、やがて大きな事が出来るようになるわけです。
●ちょっと気づくだけ
オンリーライフでは悩み解決に向け、様々な方法をアドバイスしますが、初めて聞く人にとっては難しく感じることも多いと思います。しかし、何も大きな事をしようとする必要はありません。
日々の生活の中で、今まで意識しなかったことにちょっと意識を向ける程度でも大きく違うのです。例えば、相手の動きや言動に、普段よりちょっと意識的に注意を払ってみたり、発する言葉の数をちょっと増やしてみたりと、この「ちょっと」への意識が非常に重要なのです。普段の何気ない生活の中で出来ることは無限にありますので、是非実践して欲しいと思います。
●悲劇のヒロインにならない(苦しんでいる自分に酔いしれない)
こんなことを思った事はありませんか?
「この辛さは自分以外の人間には分からないだろう」
「こんな辛い目にあっているのは、世界で自分だけだろう」
「この苦しみを他の人が味わったら耐えられないだろう」
この心理状態そのものは良い面も悪い面もあるのですが、当会に相談に来る多くの人にとっては悪い面となっている場合が多いです。
辛い状態の時、人間は非常に主観的になり、他人の意見を聞きづらくなります。
気持ちは分かりますが、やはり「自分と違う考え方」に耳を傾ける努力はすべきでしょう。
次のような悪循環にはまることが多いので、気を付けて欲しいと思います。
1.辛くなる
2.人の意見を受け入れ難くなる
3.生きるのが嫌になり、益々辛くなる
●体験せずに体感する
テレビを見たり、本を読んだりして、自分が体験しているわけでもないのに、体験者にでもなったかのように感じた経験はあると思います。いわゆる感情移入というやつです。これは仏教療法においても非常に重要です。なぜなら、これが正しく出来れば心の病は治るからです。仏教療法では行学と言って、実際に行動し、体感して分かる世界の重要性を説いているわけですが、1番効率的な方法かというと、実はそうではありません。確かに行学は最も「確実」な方法ではありますが、「遅い」という欠点があります。体感した時には既に手遅れ、ということが多いのです。1番理想的な方法は、行学のような「確実さ」と本を読むような「速さ」です。ですので、例えば「仏教療法」を自分の事のように、感情移入して読むことができれば、この方法が1番確実であり、1番速いのです。しかし、最初から感情移入して読める人はほとんどいませんし、いたとしても感じ方が弱いです。その為に行学という遅いけども確実な手段があるわけなのですが、こういった関係性を覚えておいて欲しいと思います。
●誰から聞くか
聴聞は誰から聞いてもいいというものではありません。善知識と呼ばれる、仏教の正しい先生の存在が必要不可欠です。先生選びを間違えてしまうと、正しい教えが身に付かないばかりか、間違った教えが身に付いてしまい、取り返しの付かないことになります。
◎聴聞の本質
ここまで説明した内容は、どちらかというと聴聞に関する表面的な話です。もっと本質的な説明をします。
●死の解決
聴聞の本来の目的は死の解決にあります。聴聞することで、悩みが解決したりメンタルヘルスになったりと、様々な現世利益といわれるものがありますが、それらは聴聞の本来の目的ではありません。死の解決の為には、因果の法則の深い理解や、本当の自分の姿を知るといったことが必要ですが、それらは全て聴聞によってのみ可能となります。
◎聴聞のメリット
聴聞することのメリットは無数にあります。基本的には仏教療法に記載しているメリットと同じですが、幾つかピックアップします。
●仏教療法の理解
仏教療法の理解は聴聞によってのみ可能となります。逆に、聴聞によって仏教療法の全てのメリットが得られます。
●死の解決
仏教の最終目的である死の解決は聴聞によってのみ可能となります。
◎聴聞の方法
オンリーライフでは、現在次のような聴聞方法を提供しています。
●カウンセリング
対面カウンセリング
直接対面して行われるカウンセリングです。
電話カウンセリング
電話やスカイプ等を使用して行われるカウンセリングです。
メールカウンセリング
メールを使用して行われるカウンセリングです。
セミナー
複数の相談者が集まる公開カウンセリング形式のセミナーです。
●ツール
カウンセリング以外の聴聞ツールをご紹介します。
○読み物
・電子版
電子版の読み物ツールとなり、全て無料です。
・仏教療法
1ページずつカテゴリ別に分けられており、随時最新版に更新されます。
◎聴聞を知るのまとめ
これまで説明した通り、聴聞は仏教において必要不可欠な存在です。その為、昔から求道者と呼ばれる人は皆、聴聞に懸命になります。また、誰から聴聞するかも気を付けなければなりません。この世は善知識と呼ばれる人は滅多におらず、ほとんどが悪知識だからです。つまり、聴聞は知識選びから始まっているといえます。

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