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204.釈迦

釈迦について説明します。
◎釈迦とは
●別名
釈迦の呼び名は複数あり、一例を挙げます。
○サンスクリット語
・ガウタマシッダールタ
○称号を加えた呼び名
・釈迦仏
・釈迦如来
・釈尊
・釈迦牟尼如来
○その他の呼び名
・善知識
善知識とは、狭義は釈迦を指し、広義は釈迦の教えを間違いなく伝える人を指します。
●家族構成
釈迦の主な家族構成です。
父:浄飯王(じょうぼんのう)。カピラ城の城主。
母:摩耶夫人(まやぶにん)
妻:ヤショダラ姫。コーリ城主の娘。
子:ラゴーラ。束縛者の意。釈迦十大弟子の1人。
●能力
釈迦は、常人には無い特殊な能力があり、幾つか例を挙げます。
・仏
何と言っても最大の特徴は仏であることです。
・神通力
神通力と呼ばれる、超人的な能力を持っています。
・三十二相
見てすぐに分かる32の身体的特徴があります。
◎釈迦の一生
釈迦の一生を時系列で説明します。
●誕生
釈迦は生まれた時から、普通の人には無い行動や言動をします。
まずは、誕生から青年期までを説明します。
○誕生時
今から2500年程前の4月8日、インド(現在のネパールのルンビニ)にて、シャカ族の王子として誕生しました。生まれてすぐに東西南北に7歩ずつ歩き、右手で天を指差し「天上天下唯我独尊」と喋ったと伝えられます。実際に歩いたかどうかは別として、この話の本質は次の2点です。
・7歩の意味
「7」という数字は「6+1」であり、六道から1歩出る、つまり六道輪廻からの解脱を表しています。
・天上天下唯我独尊の意味
これは「私しか出来ないたった1つの尊い使命がある」という意味です。この言葉の中の「私」は、釈迦だけでなく、釈迦以外の全ての人にも当てはまり、それぞれ次のようになります。
釈迦の使命:仏として仏教を人々に説き示すこと
釈迦以外の人の使命:死の解決をすること
○幼少時
幼少から人並み外れた才能を発揮します。7歳の頃、学問と武芸の先生として、それぞれバッダラニーとセンダイダイバーというインドで1番優れているとされる家庭教師が付いていました。
しかし、あっという間にこの2人の能力を上回ってしまい、2人が「太子には何も教えることが無い」と辞職を願い出た程だったと言います。
○結婚
16歳で、コーリ城のヤショダラ姫と結婚し、子供を設けました。その時「自分を束縛する者が現れた」と言い、「束縛者」を意味するラゴーラと名付けています。
●出家
成長するに従い、生活に不満を持ち、苦しむようになります。最終的に出家するまでに至りますが、その経緯を説明します。
○無常観と罪悪観
日々の生活の中で、非常に敏感な無常観や罪悪観を観じます。
例えば、鳥が虫を啄む光景を見て、世の無常を観じたり、弱肉強食の食物連鎖の頂点にいる人間が造る罪悪に驚くといった具合です。普通の人であれば、気にも留めなかったり、逆に嬉々として見るかもしれませんが、釈迦は苦しみや恐怖に感じたのです。
○四門出遊
出家する大きな動機となった、四門出遊という話があります。
まず、東門、西門、南門を出た釈迦は、それぞれ次の人々に出会いました。
東門:老人
南門:病人
西門:死人
これらを見た釈迦は愕然とし、「自分もやがてこうなってしまうのか」と「老」「病」「死」の苦を、避けられない問題として感じたのです。そして最後に北門を出た時、沙門と出会いました。悠然と歩くその姿に安らぎを感じ、本当の安楽は出家の中にこそあると思ったのです。
○不安
釈迦は、日々の生活にとても不安を感じていました。いつも憂慮している釈迦を見て、父である浄飯王も頭を悩ませました。何とかして釈迦に王位を継承させたかった王は「このままでは本当に出家してしまうかもしれない」と恐れたのです。
○王の阻止
そこで、三時殿と呼ばれる、夏期・雨期・冬期の3つの季節に対応した宮殿を建立したり、インド中の美女を集め、贅の限りを尽くした宴を催す等、様々な手段を用いて釈迦を思い止まらせようとしました。欲に耽溺させることで居心地を良くさせ、出家を阻止しようとしたのです。
しかし、何をやっても釈迦に変化はありませんでした。それどころか、火に油を注ぐ形となり、益々出家への思いを強くしていったのです。
○釈迦の願い
業を煮やした浄飯王は「ここまでやってあげているというのに、お前は一体何が不満なんだ。願いは何でも叶えてやるから言ってみろ」と問い質しました。すると釈迦は「私の願いは、「老」「病」「死」の苦が無くなることです。この願いを叶えて頂けるのなら王となります」と答えました。
当然この願いは、浄飯王には叶えられません。何も言えなくなり、終には釈迦の出家を止める事ができなかったのです。
○捨てる
そして、29歳の時に、五比丘(ごびく)と呼ばれる5人の沙門を連れ、生老病死といった人生の根本解決をする為、出家しました。出家したということは、全てを捨てたということです。家族も王位も捨てたわけですが、こういったものを大事にしていなかったわけではなく、むしろ非常に大事にしていました。それにも関わらず捨てたということは、生老病死の根本解決は、家族よりももっと大事な問題であることを意味します。
●仏の悟り
全てを捨てた釈迦は、文字通り背水の陣で修行します。
○師を探す
悟りを開く為に釈迦が最初にしたことは、師匠探しでした。アララ仙人やウッダカ仙人といった人の元で、主に瞑想や坐禅による修行をします。釈迦はあっという間に、この修行における最高位の境地に至りますが、とても満足できるものではありませんでした。
○苦行
次に山林に入り、想像を絶する苦行に入ります。絶食を始めとした禁欲や、息を止めたり激しく肉体を痛めつけることで、何度も仮死状態になったといいます。
○悟り
そんな苦行が6年間も続き、「悟りを開けなければこの座を立たない」という決意の末、終にブッダガヤの菩提樹の下で仏の悟りを開きました。悟りには52段階あり、最高位の52位を仏の悟りと言います。地球上で、仏の悟りを開いたのは後にも先にも釈迦のみです。この時悟った内容は非常に多岐に渡りますが、突き詰めると因果の法則であり、十二因縁と呼ばれるものになります。
十二因縁とは、十二縁起とも言い、苦しみが生じる仕組みを、次の12の因果関係に分けて説いたものです。そして、全ての人間の苦しみの根源は、無明にあるということを突き止めたのでした。
1.無明(むみょう)
2.行(ぎょう)
3.識(しき)
4.名色(みょうしき)
5.六処(ろくしょ)
6.触(そく)
7.受(じゅ)
8.愛(あい)
9.取(しゅ)
10.有(う)
11.生(しょう)
12.老死(ろうし)
○自殺未遂
釈迦は悟りを開き、当然喜びましたが、直ぐに布教しようとは思いませんでした。悟った内容が、あまりに深遠なものである為、説いたところで誰も理解できないだろうと思ったのです。その為、布教せずに自殺しようと思ったほどだったと言います。
●布教
何週間も深く悩んだ末、終に布教することを決意しました。
○初転法輪
釈迦が悟りを開いた後、五比丘に対して行われた最初の説法を初転法輪と言います。この時に「人生は苦なり」と言い、全ての人は皆苦しんでいると説きました。
○仏教
釈迦が35歳で仏の悟りを開き、80歳で入滅するまで、仏として45年間布教した教えを仏教と言います。
○経典
仏教は、数千巻にも及ぶ膨大な量の経典として残されています。
○方便
では仏教を理解するには、全ての経典を理解しなければならないのかというと、そうではありません。経典のほとんどは、方便といって真実に近づける為のものであり、重要な経典は限られるからです。膨大な方便を使わないと真実を分からせることが出来なかったぐらい、人間の迷いは深いとも言えます。
○阿弥陀仏の本願
釈迦の布教の目的は、阿弥陀仏の本願を伝え、阿弥陀仏一仏に向かわせることです。なぜなら、人間を救えるのは釈迦ではなく、阿弥陀仏だけだからです。阿弥陀仏は釈迦の先生にあたる仏で、釈迦も阿弥陀仏の力で仏になることができたのです。地球上で仏の悟りを開いたように見せてますが、実は遥か昔に、阿弥陀仏の力で仏となっており、還相廻向の菩薩として地球にやってきたというわけです。
「如来所以興出世 唯説弥陀本願海」(正信偈)
釈迦のような仏を三世諸仏といい、大宇宙にはガンジス川の砂の数程の無数の三世諸仏が存在すると説かれています。釈迦は45年もの間、阿弥陀仏の本願を説き続けましたが、あまりの功徳の大きさに「説き尽くすことができなかった」と言っています。
○韋提希
釈迦が布教を始めて以来、人類で最初に阿弥陀仏に救われ、死の解決をした人が韋提希という人です。韋提希はマカダ国の王妃で、仏教に帰依した人ですが、死の解決に至る前に大変な悲劇を経験しています。それが観無量寿経に説かれている、王舎城の悲劇と呼ばれるものです。
○十大弟子
釈迦の弟子の中で、特に主要な十人を十大弟子と言います。
舎利弗(しゃりほつ):智慧第一。釈迦が舎利弗にした説法の内容が、経典に多く残されている。
目連(もくれん):神通第一
摩訶迦葉(まかかしょう):頭陀(ずだ) 第一。第一回の結集では指揮を執る。
須菩提(しゅぼだい):解空第一
富楼那(ふるな):説法第一。
摩訶迦旃延(まかかせんねん):論議第一
阿那律(あなりつ):天眼第一
優波離(うぱり):持律第一。釈迦の従弟。
羅ご羅(らごら):密行第一。釈迦の実子。
阿難 (あなん):多聞第一。釈迦の従弟で、釈迦の身の回りの世話を1番よくした人。第一回の結集にも参加し、阿難が聞いた言葉が多く経典に残されている。
○仏の敵
いつの時代もそうですが、好意的な人間ばかりではありません。それは釈迦のような偉大な仏に対しても同様です。その一例を挙げます。
・提婆
釈迦教団の隆盛を妬み、理不尽に邪魔する者がいましたが、その中でも有名なのが、提婆という人間です。提婆は、釈迦十大弟子の1人である阿難の兄にあたる人ですが、釈迦の教団を乗っ取る為、釈迦を何度も殺そうとしました。提婆の計略は全て失敗に終わっていますが、釈迦の足の指を潰しています。仏から血を流させたのは人類で提婆だけなので、仏教の敵として提婆は特に有名なのです。
・六師外道
仏教以外の全宗教を外道と言いますが、釈迦の時代は主に6人の外道がいた為、六師外道と言います。現代では、6人どころか無数の外道が存在します。
・迷信・邪信
占いや風水、易といったものを因果関係の無い迷信、邪信として厳しく排斥しています。これら以外にも、仏教では信ずべきものと信ずべきでないものを明確に分けており、これを廃立と言います。
●涅槃
涅槃(ねはん)とは、サンスクリット語のニルヴァーナの音写で、中国語で入滅、日本語では煩悩が吹き消された状態を意味し、仏の死を指します。釈迦は80歳で涅槃に入りました。
○自灯明・法灯明
嘆き悲しむ弟子に向かって釈迦は、法を灯とするよう説きました。法を灯とすることで、自らを灯とすることができます。これを自灯明・法灯明の教えと言います。
○結集
釈迦の入滅後、弟子が集まって行われた仏典編集会議を結集と言います。
○末法
釈迦の入滅を基準にして、大きく次のように時代を分類します。
・正法:入滅後500年間
・像法:入滅後500年以降
・末法:入滅後1500年以降
・法滅:入滅後10000年以降
現代は、1500年以上経過しているので末法となります。釈迦が生きていた時代は、阿弥陀仏を見て救われますが(見仏得忍)、末法では阿弥陀仏の呼び声を聞いて救われます。このように、救われ方に違いがあるので注意が必要です。
◎過去世
地球上における、誕生から入滅までの一生は上記で説明した通りですが、釈迦は今生だけでなく、前世からも熾烈な修行をしています。
●ジャータカ
・求法太子
・雪山童子

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