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善知識

善知識について説明します。
◎善知識とは
仏教では、知識といった場合、仏教の先生のことを指します。
●善知識の定義
善知識とは、仏教の正しい先生という意味で、狭い意味では釈迦を指し、広い意味では釈迦の教えを間違いなく伝える人を指します。
●善知識の必要性
幸せを知るにも説明していますが、人は幸せになりたいと願いながら、中々叶えられません。それは、何をしたら幸せになれるのか「方法」が分からないからです。人間の幸せとは、突き詰めれば死の解決のことですが、そこに至る方法は人間が幾ら考えても分かるものではありません。その方法を教えてくれる人が善知識なので、善知識の存在は人間にとって必要不可欠なのです。
○善知識まかせ
善知識は、宿善に匹敵するぐらい重要な存在である為、善知識まかせとも言われます。
●善知識の役割
善知識にはどんな役割があるのか、幾つか例を挙げます。
・死の解決へ最短で導く
死の解決へ向かう求道者を、まっすぐに最短で導く役割です。
・阿弥陀仏を勧める
死の解決に救い取る力があるのは、阿弥陀仏一仏だけであって、善知識ではありません。ですので、阿弥陀仏だけに向かうよう勧めることが、善知識の役目です。この点を忘れ、善知識が救ってくれると勘違いしている人を、善知識だのみの異安心(いあんじん)とも言います。
●善知識の条件
善知識に必要な条件を幾つか挙げます。
・体験
死の解決をしたという体験が必要です。
・知識
仏教に対する深い知識が必要です。
・指導力
人を死の解決に導く指導力が必要です。
●善知識の種類
善知識と呼ばれる人は、大きく3種類に分けられます。
・教授の善知識
死の解決をしたことに加え、仏教の深い知識と指導力を兼ね備えた人のことです。善知識といった場合、通常は教授の善知識のことを指します。教授の善知識は数えるほどしかいません。
・同行の善知識
死の解決をしてはいますが、仏教の深い知識や指導力があまり無い人のことです。同行とは、極楽に行く為に同じ行をしている人を意味し、同行の善知識は無数にいます。
・外護の善知識
仏教を外側から護る人を、外護(げご)の善知識と言います。例えば、仏教を広めようとする人や団体に財政的な援助をしたり、様々な危険から護ったりします。死の解決の体験が無かったり、仏教の知識や指導力が無く人でも、このような役割を果たしていれば外護の善知識と呼ぶことが多いです。外護の善知識も無数にいます。
●善知識に遇える確率
善知識と呼ぶにふさわしい人はほとんどおらず、遇うことは非常に難しいことです。
○譬え
遇うことがどれぐらい難しいことなのか、幾つか譬えがあります。
・一時代一善知識
・雨夜に星
・深海の宝
○遇えない理由
善知識に遇うことは、なぜこれほど難しいのか、理由を幾つか挙げます。
・数が少ない為
死の解決という条件を達成するだけでも非常に難しい上、教学や指導力まで兼ね備えるとなると、難中の難となります。つまり、数が少ない為に遇うことが難しいという理由です。
・宿善が無い為
例え、目の前に善知識がいても、本人が善知識だと思えなければ遇うことができません。つまり、宿善が無い為に遇うことが難しいという理由です。
●善知識に対する心掛け
結論から言うと、善知識の言うことは全て信じたほうが、本人の為になります。「それはちょっとできない」と思っているうちは、まだ善知識だと思えていないので、もっと理解を深める必要があります。
○求道者のレベル
善知識に対する姿勢で、求道者のレベルが分かります。幾つか参考例を挙げます。
・初心者:「疑う」
仏教を聞き始めた初心者は、その人が本当に善知識かどうか見極める為に疑いますし、そうすべきです。「周りが勧めるから」とか「何となくそう思う」といった安易な理由で知識を選ぶと、求道のゴールまで辿り着くことはとてもできません。こういった理由で「疑う」ということは必要ですが、このレベルは求道者としては初心者になります。
・中級者:「半信半疑」
頭では正しいと思っていても行動に移せないといった状態です。行動に移せないということは、まだ信じ切れていないわけです。とはいえ、信じられる面もあるので、いわば半信半疑の状態と言えます。
・上級者:「信順」
求道を続けて宿善が厚くなれば、やがて「信順」し、善知識の言うことを疑い無く信じるようになります。初心者は善知識の言ったことに対して、1つ1つ疑問を持ち解決するという流れですが、この流れでは遅いと思うようになります。つまり、疑問を持たずに全て信じたほうが間違いが無く、かつ速いと思うようになるということです。これは、あくまで求道が進んだ上級者の話であって、初心者が真似してしまうと「鵜の真似をする烏」になりかねないので注意が必要です。
◎悪知識
悪知識とは、狭い意味では仏教の悪い先生のことを指しますが、広い意味では善知識以外の全ての人間を指します。なぜなら、善知識以外の人間は、間違ったことを言い、人を迷わせるからです。
●悪知識の確率
厳密に言うと、ほぼ100%の人が、知らず知らずのうちに悪知識となっています。例えば、「いい学校入る為に一生懸命勉強しなさい」と勧める親がいれば、仏教の目から見ると、この親は悪知識となるわけです。 
●悪知識の怖さ
悪知識を善知識だと思ってしまうと、一生を台無しにしてしまう為、非常に怖いことです。途中で気づいて方向転換ができればまだいいですが、一度悪知識にハマってしまうと中々改めることはできません。
◎まとめ
これまで説明してきた通り、知識選びは非常に重要ですが、非常に難しいものです。慎重に慎重を重ね、誰の話を聞くべきか選ぶ必要があります。最終的には自分で判断するしかありませんが、このサイトを始め、オンリーライフでも出来る限り情報を提供していますので、よく読んで参考にしてください。

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