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195.死の解決

「仏教は何を教えてるのか、一言で教えてください」
こう聞かれたら、「死の解決」と答えます。

仏教では、自利利他や因果の法則、自分を知る等々、様々な話を説きますが、これらの全ては「死の解決」という目的を達成する為の手段でしか無いのです。
また、仏教を学んでいくと、心の病が治ったり、恋愛や仕事が上手くいったり、人間関係が上手くいったり、と様々な幸せがありますが、これらはあくまで「おまけ」でしかありません。
つまり、「死の解決」という最も大きな幸せの前には、非常に小さなものなのです。

では、なぜこんなに仏教では死の解決を最も強く説くのかと言うと、それは次のような理由だからです。

1.死の苦しみが最も大きい為
普段、死の恐怖を感じない人でも、痛みの無い死があると思っている人でも、いざ死に直面すると嫌でも恐怖せざるを得ません。
例えば、突然大きな地震が生じたら多くの人は逃げるでしょう。
それは、地震そのものが怖いからではなく、地震によって死んでしまうことが怖いからです。
また、突然医者から末期ガンを宣告されたら大きなショックを受けるでしょう。
それは、ガンそのものが怖いからではなく、ガンによって死んでしまうことが怖いからです。
このように、恐怖や不安、苦しみといったものの根本原因に目を向けていくと、必ず「死」にぶちあたります。
この死がある限り、人間は心の底から安心することが出来ない為、仏教では「死の解決」を最重要テーマとしているのです。

2.死後の苦しみが比較にならない程大きい為
仏教では理論面、感情面、現象面等々、様々な視点から死後の存在を説いており、しかもその死後が良くないものと説きます。
良くないどころか、この世の苦しみとは比較ならない程の最悪な世界と説きます。
いわゆる地獄という世界です。
現在、オンリーライフには様々な悩みを持った人から相談があります。
うつや対人恐怖、パニック障害や潔癖症etc、挙げればキリがありません。
しかし、これらの苦しみも、相対的なものなので、もっと大きい苦しみがやってきたら忘れてしまうものなのです。
例えば、指にトゲが刺さったらどうしても気になるでしょう。
しかし、ナイフで刺されたらトゲのことは嫌でも忘れるでしょう。
このように、「苦しみ」といってもレベルがあるのです。
今、心の病で苦しいと言っても、例えば、末期ガンになる苦しみや人工透析といった大きな病の苦しみに比べるとどうでしょう。
また、ガンが苦しいと言っても、死の苦しみと比べるとどうでしょう。
実は、苦しい順に記号で表すと、次のようになるのです。

今の悩み<大きな病<死<<<<<<<<<<<<<<<死後

このように、圧倒的に死後の苦しみが強いと説きます。
また、死がどうしてこれ程怖いのかと言うと、死後の恐怖のほんの1部が表れている為、とも言えます。
「死の解決」という言葉は、正確には「死後の解決」となります。
この死後の解決の為に仏教は存在すると言えるのです。

3.人間の最も強い願いの為
以上のようなことが分かってくると、当然「死にたくない」という気持ちが出てきます。
この「死にたくない」という気持ちは、他のどんな願いよりも強いものなのです。
普段強く表れなくても、死に近づけば近づくほど強く強くなっていきます。
単純に仏教は「死にたくないという1番強い願いを叶える方法を教えている」ということなのです。

次に「死の解決」をするとどうなるのか、ということを説明します。
死の解決をすることを「破闇満願」とも「抜苦与楽」とも言います。
どちらも同じ意味ですが、次のようなことです。
・死の恐怖を始め、一切の苦がなくなる
「苦」や「恐怖」「不安」等の根本原因である死を解決したわけですから、それ以下の苦は一切なくなるのです。
病気になろうが、死のうが、心の病になろうが(そもそも心の病にはなりませんが)どんな状況になろうが、一切の苦はなくなります。
苦がなくなるどころか、楽へ転じ変わるのです。
哲学で言うところの「絶対矛盾的自己同一(西田哲学)」の境地になります。
苦であればあるほど楽になるという、非常に説明が難しい境地です。
このあたりは「苦と楽の関係」を参考にして欲しいと思います。

・絶対の世界になる
「相対を知る」でも書いているように、この世界は相対世界です。
苦もあれば楽もあり、不幸があれば幸もある、という流れが連続した世界です。
人間は皆、心の底では「続く幸せが欲しい」と願ってますが、相対世界に住む以上、その願いは叶いません。
しかし、死の解決をすることで、相対の世界から絶対の世界、つまり「不安定な世界」から「安定な世界」、「幸せが続かない世界」から「幸せが続く世界」へと転じ変わるのです。

最後に、「死の解決」の方法について書きます。
それは次の2つのうちのどちらか、もしくは両方を問い詰めることで、死の解決が出来ると釈迦は説いています。
・無常観
この世界は諸行無常と言って、1つとして常はありません。
つまり、無常ということなのですが、無常観において、最も重要な事は自分の命が無常ということです。
しかも、それは遠い未来ではなく、今日死んだとしても全く不思議ではないのです。
この無常観を問い詰めることが、1つ目の方法です。
・罪悪観
仏教では様々な人間の罪悪を説いています。
嘘をつく妄語や、虫を踏みつぶしたり魚を殺して食べたりといった殺生等々、生きるということで多くの罪悪を造っているのです。
その罪悪を徹底して問い詰めることが2つ目の方法です。

死の解決の為には、上記2つのうち少なくとも1つを問い詰める必要があるのですが、問い詰め方を詳しく書いているのが読むクスリとなります。
読むクスリを読んでも解決できない場合は、セミナー等で聞いて欲しいと思います。

以上、「死の解決」について大まかに書きました。
この世界に出ることが人生の目的であり、仕事や恋愛で上手くいくことや、金や名誉を手に入れるといったことは、この目的を達成する為の手段というわけです。
人生には「ゴール」があります。
つまり、この目的を達成すればゴールとなり、人生の「元」を取ったことになるわけです。

これが釈迦が45年間仏教を説いた結論であり、一切経(全ての経典の総称)の結論ということなのです。

 

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