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180.苦しいわけではないが、幸せでもない

「死にたくなる程苦しいわけではないけれど、すごく幸せというわけでもない」という人も多いと思います。
一般的にいう「普通」の状態です。
しかし、仏教的に見ると、自覚症状が無いだけで苦しんでいる状態、とも言えるのです。

特に苦しさや辛さを感じてない、と言う人でも、「楽になった」「楽しかった」という経験はあるでしょう。
これは正確に表現すると「さっきの自分より楽になった」「さっきの自分より楽しい気持ちになった」と言えます。
つまり、今の自分に比べ、さっきの自分は苦しい状態だった、とも言えるわけです。

苦しい状態にも「慣れ」があります。
通常は、まず苦しさや辛さを感じ、次に治したいという欲求が出て、完治し楽になる、という流れになります。
逆に、「苦しい」という自覚がなければ、治したい、もっと楽になりたいという欲求も出ない、ということです。

ただ、この「苦しんでいる」という自覚は中々持てません。
多くの人が楽になって始めて、「あの時苦しんでたんだな」と気づくことでしょう。

色々書きましたが、要するに何を言いたいかというと、冒頭の状態の人は「楽になるまで苦しんでいることに気づかない」ということです。
気付かない為に、もっと楽になりたい、という欲求が出ず、成長できないでいるわけです。

このような理由から、仏教は「苦しんでいることを自覚する教え」とも言われます。ですので、仏教療法は苦しんでいる人の為だけでなく、苦しんでいない人の為のものでもあるのです。

 

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